自分の作った文をインスタグラムに載せているのだが、大きな勘違いをしていることに気が付いた。
当たり前なことかもしない。
最近の投稿では
「trees without green eyed grow on the hillside.」
という文をつけて、緑に染まってきた木々の写真を投稿した。
この文の意味としては、
green eyed で嫉妬深い という意味になるので
「嫉妬を知ることのない木々が丘で育っていた。」
程度になるであろう。
greenを「緑」という意味でなく、レトリックで使っているあたり気に入っていた。
やってやった!と思っていた。
読み手も「おお!」と思うと思っていた。
しかし、そんなことはない。
読み手は、書き手がどんなに苦労しても、その苦労を知らないままでいる。
書き手の「やった!できた!」などという気持ちも知らない。
ただ、翻訳されてもうまく訳されない文に対して「なんだこの文?」と思って即座に上にスマホの画面をスクロールされる。
そう僕の文は「自己中心的」であったのだ。
読み手の気持ちを考えず、うまい文をいうことが正義であると考えていた。
それはコピーライターを目指している自分に失格である。
読み手の知識レベルをしっかり踏まえて文を考える必要がある。
当たり前のことだが、自分の中では完全に落としていたことであった。
sweet dreams!
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